会社が求めるレベルのパフォーマンスが期待できない、勤務態度が悪いなど、ある社員の職位(役職)を引き下げたいと考えたことのある会社は少なくないでしょう。
そこで、どのようなケースで降格は可能であるのか、降格を行うときの注意点は何かを判例を交えて解説します。
まず、降格を行うとき①懲戒としての降格か ②人事制度の中の職位の降格か ③人事制度の中の職能等級の降格かとを分けて考える必要があります。
懲戒として降格を行う場合
懲戒に賃金の減額が伴う場合、「1回の減給の額が平均賃金の1日分の半額を超えてはならず、かつ、減給の総額は一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」とされています(労働基準法91条)。
また懲戒規定は、必ず就業規則に記載しなければならない事項であり(労働基準法89条)、懲戒の対象となる行為や手続きは就業規則に拘束されることになります。
ただし、懲戒処分が労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、合理性がないような場合は人事権の濫用として無効になる可能性があります(労働契約法15条)。
就業規則に基づく懲戒処分の有効性について争われた判例では、「関西電力事件(就業時間外に行われたビラ配布が企業秩序を乱したとしてなされた譴責処分が有効と判断された)」などがあります。
人事制度上の職位(役職)を降格とする場合
職位(役職)の降格とは、一般的に課長→係長など、組織の中の役割を引き下げることをいいます。
この場合は、就業規則等に特別な根拠規定がなくとも、使用者の裁量的判断によって行うことができます。人事権の行使は、使用者に委ねられた経営上の裁量判断に属する事柄であり、それが社会通念上著しく妥当を欠き、権利の濫用にあたると認められる場合でない限り違法とはならないとされています。(バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件)。
そして職位降格の結果、役職手当が減額されたような場合は、その減額は職位に該当することがなくなることに伴う当然の帰結でありると認められることが多いようですが、それには就業規則等で明確に役職手当と当該職位が関連付けられている必要があります。
職位降格により基本給そのものを減額する際も、賃金規定や職務給制度において職位と賃金が明確に関連付けていることが必要です。
(アメリカンスクール事件においては、給与・退職金規定において各従業員の給料は、地位、能力を考慮して決められる旨の定めがあることを踏まえ、労働者の降格処分に応じて減給することも許されると判断されています。)
ちなみに、職位の引き下げにより減給された部分については、役職に求められる役割の低下に伴う人事上の措置とされ、懲戒処分とは性質を異にし、前述の労働基準法91条の減給の制限は適用されません。
職能資格制度における職能等級を降格とする場合
職能資格制度とは、一般的には資格や等級が組織内での技能・経験の積み重ねにより職務遂行能力の到達レベルを示すものです。そのため、基本的にはいったん備わっていると判断された職務遂行能力が、勤務評価等が低い場合にこれを備えないものとして降格され得ることは、本来予定されていないものとみなされ(アーク証券事件)、職位(役職)の降格に比べて会社の裁量権が認められる余地は小さいといえます。
アーク証券事件においては、就業規則にの下での職能資格による賃金制度が、査定に基づき降格や職能給の引き下げを行うことを規定していなかったことから、職能資格の降格は無効と判断されています。
また、小坂ふくし会事件においては、通常会社に裁量が認められている降格処分であっても、それにより最も重要な契約要素である賃金が引き下げられることから、一方的な降格は無効とされました。
これらを踏まえて、実務対応を考えます。
まずは押さえておきたいポイントです。
①就業規則への懲戒規定の記載
②職能等級制度や職務等級制度を導入(それぞれのテーブルの定義を明確にする)し、就業規則に規定、労働条件通知書にも「給与は本人の能力や勤務成績等により決定する等級により変更することがある」などと通知する。
③職務等級制度や職能等級制度と、賃金制度を紐付ける。
下地作りができたところで、実際に降格を行いたい場合は以下に注意します。
①まずは改善を図るための指導や教育を行う(特に能力不足を理由とする場合はこのポイントを重視してください)
②処分事由となる事実確認を行う
③降格の理由、根拠(職能等級など)を示して説明を行い、賃金減額が伴うなればその根拠(賃金規定等)を示し、可能な限り同意を得る
ただし、トラブルになった場合の降格の有効性は、最終的に個々の事情を総合的に勘案したうえで裁判所で判断されることになります。
以上、降格を行う時の注意点でした。
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