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執筆者の写真s.takashi

事業の再構築や新規事業の立ち上げについて考えてみましょう。(第6回:投資家ニーズと消費者ニーズを履き違えってしまった事例)

今回は、ネットスーパーの元祖ともいえるウェブバン社の失敗事例を採りあげ、考えてみたいと思います。

※ 当該事例についてご興味のある方は、富士通総研「消える米国オンライン・グローサー」(富士総研 倉持真理氏記 2001年8月)、一橋ビジネススクール 楠木建PDS寄付講座競争戦略特任教授著『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)P322~P327をご覧ください。


スーパーと聞いてすぐに想起されるのはイオンやイトーヨーカ堂、西友などの身近な店舗であり、いずれも多品種で多量の商品を品切れすることなく陳列して顧客(消費者)を店舗に呼び込み、顧客(消費者)はそこへ行けば欲しいものをいつでも手に入れることができます。


日本のネットスーパーの先駆者は2000年に開始した西友といわれ、2001年にはイトーヨーカ堂が、2008年にはイオンが事業を開始しています。ネットスーパーは店舗配達型と倉庫配達型の2つのタイプにわかれ、日本のスーパー各社は実店舗との相乗効果を図るべく店舗配達型のネットスーパー事業を展開しています。しかし、各社は大きく勝ち越すまでには至っておらず、かの巨人であるAmazonでも収支的には厳しく、AWS(Amazon Web Services)が同社の稼ぎ頭になっていることは皆さんもご存知のところだと思います。


ウェブバン社はそのネットスーパー事業にゼロから挑み、インターネットの勃興期である1999年6月に倉庫配達型の事業を開始しました。資本市場から総額8億ドルにのぼる資金を調達し、短期決戦で全米を制覇すべく巨資を先行投入して倉庫や配送センターなどの大規模設備を立ち上げていきました。確かにオンラインで注文した食材・食料品が即日配達されるというビジネスモデルは顧客(消費者)から見れば、あればあったでとても便利でWantなサービスであるといえますが、Mustなサービスではなく、なければないで何ら支障がないのが現状です。しかし、このビジネスモデルは多くの投資家の投資ニーズ・期待を引き付け、ウェブバン社は巨額な資金を集めることができました。それだけ投資家の投資ニーズ・期待が大きかったことを物語っています。


倉庫配達型のネットスーパー事業では、多品種で多量の商品を常時ストックしておくための大規模倉庫への設備投資が必要で、実店舗を運営する店舗配達型に比べると固定費の比率が大きくなり、それにつれて損益分岐点比率も上がります。同じ数量の商品を売った場合、固定費が小さければ売上が少なくても利益を出すことができますが、固定費が大きくなると売上を増やさなければ利益を出すことができなくなります。高い固定費を上回るだけの売上を最低でも確保することが必要であり、いかにして利用客数、利用頻度、購買単価を上げていくかが至上命題となります。しかし、その命題に対しては、イオンやイトーヨーカ堂、西友などの実店舗を展開するスーパーにおいても四苦八苦しています。いわんやネットスーパーにおいては、その克服はことさら難しくなります。また、食材・食料品については、消費者が実際に店舗へ足を運び、自分の感覚でものを確かめてから購入する購買行動が一般的であり、それは昔も今も変わっていません。案の定、ウェブバン社が思い描いたネットスーパーの展開構想は同社の思惑通りに進むことはなく、同社は2年後の2001年7月に破産申請し、営業を停止するに至りました。


これまで5回にわたりFit Journeyについてお話してきましたが、その中でFit Journeyの要諦が顧客起点(Customer Problem、Problem Solution)にあることについて幾度か触れてきました。ウェブバン社の行動は顧客(消費者)起点ではなく、投資家起点に立脚したものでした。投資家の投資ニーズを顧客ニーズ(Customer Problem)と取り違え、その投資家ニーズに応えることがProblem Solution(大規模な設備投資)であると誤認識してしまったのです。投資家がこぞって出資してくるのを大きな商機であると勘違いし、自分達の事業が真の顧客(消費者)から支持されているか否かを見極めることなく設備投資を拡大してしまいました。


投資家はハイリターンを得ることができそうなビジネスモデルを探し、その時々の投資環境や雰囲気に踊ってハイリスクを覚悟の上で投資をしてきます。しかし、投資家にビジネスモデルの成否予測を期待することは難しく、ウェブバン社は顧客(消費者)ではなく、踊る投資家を見て自分達のビジネスモデルに勝算ありと考えてしまったのです。食材・食料品を購入するのは投資家でなく顧客(消費者)であることを、どこかに置き忘れてしまいました。誰が自分達の本当の顧客(消費者)であるのかを見失ってしまうと、取り返しのつかない大きな失敗をしてしまうことになります。ウェブバン社の事例は、私達にその教訓を語りかけているように思います。

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